アートと対話のワークショップで、題名を決めるのが好きです。
そこに向かって場を設定しているかもしれないとさえ思います。
「色を動かす」
って言葉が閃いたときワクワクしました。
絵を描くことについてこれまでの人生を振り返ると、
想像して描くことに対して苦手意識があります。
何かのイメージに紐づけて描くことが苦手です。
画家の友だちが何人かいますけど、本当に尊敬の眼差しです。
「描く」という行為が自分に全て任されているように受け取っているので、
そこまで責任負いたくないな、と思っているのかもしれないな。
まあ、中途半端な個性は否めない
「色を動かす」
ある程度量がある色を置き、それを徐々に動かしてみて、
その軌跡を眺め、そこから感じたことを次に繋げて、、、、
みたいなことで、結果的に「描く」ことをしていた。
そういう体験を共有してみたいと思いました。
イメージが先にあるのではなく、
出てきた現実から何かイメージが湧いていく。
そこではじめて湧いたイメージを形にできる。
そういう流れが好きなんだろうな、と、自己分析。
ということは、
行動ありき。
まずは絵の具を置かないと始まらないのです。
今あるものに固執することなく、
軽々と手放して、どんどん展開していく姿。
美しいなあと思いました。
目をつぶって指の感覚だけでやりとりしていらっしゃる様子。
結果こうなった、みたいな展開。
「白樺の林みたい」という感想。
だけど、ご本人は、色を動かしはじめたころ、
白樺のしの字も頭になかったと思います。
対話で
この1時間程度の自分と作品とのやりとりから感じたことを、
なんとなく、ポツリポツリと話しました。
言葉は音として発信され、美術作品のように形が残らないので、
心に刻むしかないですが、
一言一句記憶しようと力むよりは、
ゆったりと話に耳を傾けていると、
必要なことがすっと入ってくるような感覚があります。
しかも、その必要なことは心の深くに知らず知らずに沈んでいき、
沈んだことも氣づかないので、
あれ?今日は何を話したんだっけ?って記憶喪失感ありありなんですが(笑)、
きっと、沈んでるから必要な時に浮かんでくるよな、と、
半ば諦めて傍観するこの頃です。
お茶飲みながらのこの時間は至福です。
だから、
アートワークショップじゃなくて、
アート&対話のワークショップなのです。
ありがとうございます。
次回は9月8日を予定しております。